人と遊ぶのも好きだけど どちらかといえば一人遊びが大好きな私
それが 周囲の刺激を敏感に感じ影響を受けてしまうHSPという性質を持ってるから というのが理由の一つでもあったことを知った時は
なんだかホっとしました。
それでも世間は 友達がいない=ぼっち(独りぼっちで孤独)=可哀そうな人
みたいな図式があって ボッチ好きにとってはちょっと生きづらさを感じる風潮で悩んでる方も多いと思います。
今日はそんな人の為に 気持ちをどう切り替えるか?について書いてみようと思います
一人で過ごすのが好き を知られたくなかった時期にしてたこととその結果として起きたこと
今でこそ HSPという言葉や、その意味を理解してくれる人が増えてきたけど
世間的にはやっぱり
社交的で友達が多い=いい人 立派な人
という認識があり
一人で過ごすのが好き=友達がいない人=人間として問題がある
みたいな図式を浮かべる人もいるような気がします
なので 私は
人から誘われるとついムリして誘いに乗ったり
本当は望んでないのに自分から人を誘ったり
することもよくしてました。
これは刺激を強く好む性質も持ちあわせていたので なんとか出来た部分もありました。
でもやっぱり無理して自分の心と体を傷つけていたし
相手にとっても不本意な事なので大迷惑な事だったということに気づいたのはかなり後になってのことでした。
でも これが以前の私の生きる術で、 そうするしか方法がなかったのです。
その結果として起きたことは
・自分というアイデンティティが失われてしまい自分が本当は何を望んで何をしたいのか分からなくなってしまった
→結果として 魂の抜け殻のようになった
・自分の元々の意志ではなく行動してるので 相手によって、または日によって発言がコロコロ変わってしまう
→結果として 信用を失ってしまった
と けしていい結果には結びつきませんでした。
人から浮きたくない 変な人と思われたくないと思うばかりに
自分ではない自分を演出することで
逆に良くない結果になってしまっていても
それでも 自分らしさを貫くというのは あまりにも怖くて出来ませんでした
実際 一人で行動したい人ってどれだけいるの?
あるリサーチ企画で何かをするときに一人で行動するのと人と一緒にするのとどちらがいいか
というアンケートを行ったところ
なんと意外にも半数以上の65%が
一人で行動したい 、どちらかといえば一人で行動したいと答えたという結果を知って びっくりしました
私が思っていた以上に一人で行動したいと思ってる人が実は多いんだという事実を知っただけでも なんだかホっとしたところがあります。
特に現代では スマホの普及によって 一人で過ごす時間も暇ではなかったり昔より人との繋がりが薄くなってきて 人づきあいを煩わしいと思う若者が増えてきてるというのが この結果に繋がってるという話もあります。
勿論人との行動も煩わしいとか嫌ではないけど 一人の方が楽と思う程度の人もこの結果の中には多く入ってると思いますので
そこまで ボッチが好き!というほどではないのかもしれません。
ボッチとひとりぼっちの違い
私自身は 小さなころから人とうまく話が出来なかったり 人と違う変わりものというコンプレックスがあったので ボッチという状態は自分へのコンプレックスを刺激する状態として ちょっと恥ずかしい気持ちがありました。
ただ これは 言葉のニュアンスの問題だけであって
独りぼっち というと 本当は誰かと遊びたいけど友達がおらず仕方なく独りぼっち みたいな感じでネガティブに聞こえて
ぼっち という言葉は どちらかといえば 一人が好きで それを自分で選択してる という恰好状態に聞こえます
私自身は 本当は ぼっち(一人が好き)だったのだけど
ひとりぼっち(寂しい人)に見られたくなかったんですね
この辺の区別を若い頃はよく認識出来てなかったけど
今はようやく理解できるようになり 一人での行動を堂々と出来るようになりました。
最近では あえて 私ぼっちです^^と 明るく宣言する人も出てきましたね
どちらも両方選ぶことが出来るという状態ですね
では 次はいよいよ 一人で過ごすことを堂々と宣言出来る為にやってきたことをお伝えします
一人で過ごすのが好き を認めて受け入れたステップ
一人で過ごすのが好き を自分で認めて本来の自分に戻る為には
自分でその気質を受け止める必要があります
・なぜ一人で過ごすのが好きなのか 理由を知る
理由を知ることに意味があるのか と思う方もいるかもしれないけど
私はこの自分の性質については長年悩んでいたので
理由が分かっただけでも凄く嬉しかったし 一人で過ごすのが好きでもいいよ という免罪符を貰った気がしました。
HSPであることに気づき HSPの人が一人で過ごすことが好きな人が多いということを知り
そういうことかぁ~と安心した時は 生きてていいんだよと 言われた感じがしたんですね
なので 一人で過ごすことが好きであることの理由を知るというのは実はかなり大事だったりします
【HSPの人が一人で過ごすのが好きな理由】 HSPの方は基本的に内向的であることが大きな特徴となってます。1.周囲の環境に大きく影響されやすかったり 些細な刺激に過剰に反応してしまうので、刺激を無意識に避けるために防衛本能が働いてるから 2.人の気持ちが手に取るように分かりすぎる為 相手に合わせすぎて疲れてしまうから3.相手の気持ちだけではなく 相手の肉体的な不調までも同調して具合が悪くなりやすいから 4.妄想力 発想力が優れていて 自分の世界に入り込みやすいから |
・一人で過ごすことについての価値を知る
自己価値が低くなりがちな HSPさん
一般的に社交的な人をヨシとする風潮があるので 社交的ではない自分に対して価値がないと思いやすいからこそ 人に知られたくないと思うわけですが
内向的=ダメでは ないということを強く認識することが大切です。
内向的で一人で過ごすのが好き
というと 孤独な人というイメージがあるので
その言葉のイメージを払しょくするために
孤高な人と転換することをお勧めします
孤高とは
自らの信念を貫いてその道を進むこと です。
なんだか言葉のイメージが一気に 上質で重圧感を感じるようになりましたよね?
言葉の意味を深く突っ込んでいくと 孤独とか一匹狼とは完全に一致するわけではないのですが
HSPで一人で過ごすのが好きという方は
疲れやすいからその刺激を避けるためという逃避的な理由以上に
誰にも邪魔されずに集中して何かをしたいからとか 何らかの信念をもって何かをやり遂げるために自然にその状態になる方も多いような気がしますね。
なので驚異的な業績を上げる 事業者 芸術家なども多かったりするわけです。
そんな風に捉えると なんか 一人好きである自分が素晴らしいと思えるようになりませんか?
なので 一人が好き=可哀そうな人 という図式は頭から消えて
一人が好き=孤高な人=価値ある自分→人に言っても恥ずかしくない
と イメージが転換されて 精神的にも安心感が増します。
ほんの 些細なことだけど
敏感に感じやすかったり 頭で考えすぎてしまうHSPさんにとっては イメージの転換って凄く大切なんだなと強く感じました。
因みに最後になりますが
私のとある かつての知り合いは 何かにつけて
『あの人 本当の友達が きっといなくて寂しい人だね 可哀そうに』というセリフをよく吐いてました。(しかも毒づいたものの言い方)
その方は 一見社交的で 周りには人が沢山いましたが 数年彼女と付き合った後 私自身が気づいたことがあります
そのセリフは 自分自身に対する言葉で 実はコンプレックスの塊だったんだな・・・と
彼女も 人にそんな風に思われたくなくて あえて社交的に振舞ったり 大げさ(過剰)に他人に親切にしたりしてたようです。
コンプレックスに反応する形はそれぞれだけど、私自身ももしかすると そんな風になっていたかもしれません。
自分自身でいることの大切さを 目に見える形で教えてもらった気がします