私と汚部屋の履歴書 いつからこうなった? 今はどうなった?

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こんにちわjunnyです

このページでは私の汚部屋遍歴について書いてみようと思います。

とりあえず自分だけのスペースを与えられた小学生のころから学生時代を終え、社会人になったころの状態、結婚して子育てをしている時の様子 そして現在の状態などを書いてみます。

部屋がどうしても片付かずに悩んでる方に少しでも励みや参考になればと思い記事にしてみました。

小学生 汚部屋の始まり始まり~ 

自分の部屋を個室という形で初めて持たせてもらったのは小学校半ばぐらい

他の同級生と同じように自分の部屋に勉強机やベットを置いてもらった 憧れのMYROOM

凄く嬉しかったのを記憶してます。

 

ただ、一番ADHD特有の症状がひどかった小学生の頃でもありました。

最初の喜びもつかの間、部屋は当然のように方付かず、汚部屋に進化するまでにそう時間はかかかりませんでした。

そのころの私の症状は以下の通りです

・朝は起きるのが苦手。 

・遅刻、ずる休みは当たり前。

・宿題は毎日のように忘れ

・提出物も期限までに提出したことはほぼなし

・もちろん授業などに必要な持参物などの忘れ物もほぼ毎日。

・洗顔、爪切り など身の回りのことをするのが苦手

 

そんな感じで生活はひどく混乱してました。

そんな頭の中が混乱してとっ散らかってる私が物理的な部屋の整理整頓ができるはずもなく どんどん散らかって行き、

足の踏み場は全くありませんでした。

当然友達も家には呼べず 人の家に遊びに行くたびに なぜ他の子はこんなに家が片付いてるんだろう 自分の部屋が綺麗なんだろう?と不思議でたまりませんでした。

 人と我が家は違う という認識を強く感じながらも どうにもできないジレンマを抱えていた小学生時代でした。

お小遣いもそんなに貰ってないし学校用品や漫画、服などぐらいしかなかったので

物が多かったわけではなく

使ったものをもとに戻すという習慣がなかったのです。

このころの部屋が散らかる理由がこれでした。

中学 高校 汚部屋でも出来た部活と勉強との両立

中学、高校時代は私の中ではかなり大きく成長した時期だと振り返って思います。

何にも出来ないダメダメ子ちゃんだった私が成績が上がって勉強が楽しくなってきたし、厳しい部活動になんとかついていき、6年間ほどきつくてハードな運動部を無事にやり遂げることが出来ました。

家では離婚して戻ってきた姉の子供の世話をしたり、自分の洗濯物は自分でしたり、高校に入るとお弁当も自分で作り 夕飯もたまに作ったりしました。

うん 私にしてはかなり優秀だ。

でも やはり部屋は相変わらず汚かったのです。

使ったものをもとに戻すという概念は相変わらず抜け落ちてました

思春期で人目が気になり始めた頃なので、忘れ物はかなり減らすことが出来ました。

でも、部活と勉強で時間がいっぱいいっぱいで、部屋の片づけなんてする気力はなかったですね。

ただ、もし部活動もしてなくて帰宅部で時間のゆとりがあったして片付いていたのか?

というと 恐らく同じだと思います(笑)

むしろ限られた時間内で物事こなす という経験もせずにダラダラと余計に散らかってたかもしれません。

 

社会人時代 キャパ超えの仕事(寮生活)

無事に高校を卒業し、とある大手企業に就職した私

大手企業というと聞こえはいいが仕事内容は体力仕事。

運動部でなんとかかろうじて基礎体力がついてたからこそ維持できていたけど

それでも私にとっては非常にハードで毎日がヘトヘトでした

※このころのお仕事についての関連記事はコチラ

そしてここでは 寮生活を送っていたのですが

思いっきり散らかってました

ここは実家とは違って自分の部屋以外は共同生活。

それに同じぐらいの年齢の同期達がすぐ近くにいるのでお互いの部屋を頻繁に行き来する機会も多くなり部屋を片付ける必要性が高いという状況です。

それでも片付けられませんでした

たまーーに 危機感を感じて一通り片付けて掃除機かけて 人が呼べるまでにすることは出来ましたが(これだけでも凄い事 パチパチパチ)

すぐに元に戻ります。。

出したらしまわないといけない ということは分かってきたけど

とにかく毎日肉体労働で仕事から帰ったらヘトヘトで体を休めることで精いっぱいというのが一番の理由です。

社会人時代 キャパ超えの仕事(一人暮らし)

その後、寮生活とおさらばしてマンションを借りて一人暮らしを始めてからは更に汚部屋ぶりは加速していきます。

今度は部屋からお風呂 キッチンに至るまで全て自分だけの世界。

めーーっちゃ嬉しかったけど

めーーーっちゃ汚部屋になってました(笑)

肉体的にはこのころが実は一番しんどくて、毎日シャワーを浴びながら汗と共に鼻から血がたらたらと流れ続けてしまうという状態でした。

金縛りもこのころが酷かったですね。

身も心もボロボロ お部屋もぐちゃぐちゃ。

生きてるだけで精いっぱいで 過食で少し太ったり 極端なダイエットで急激に痩せたりを繰り返してました。

結婚生活 様々な要因での増えていくモノ達(賃貸マンション)

へとへとだった社会人時代から逃げるように結婚&出産で家庭に入った私。

可愛い子宝に恵まれ 一番いい時期ではあるけど 自分の身一つでも生活があまりきちんとできてなかった私が家族が増えてやることも増え、荷物も増えていくとその管理の負担は2倍、3倍以上のものを感じました。

2DKの手狭なマンションはみるみる家具や家族のモノで増殖していきました

普通の人でさえ 子供が生まれたらモノも増えて管理が大変になるのに元々出来なかった私のその苦労や精神的負担は想像を超えるもの。

子供が2人いるのに汚部屋は健在でした

ただ、この頃は子供の物でも自分のものでも あまりモノを買い込むということはありませんでした。

ただ、間に合わせの収納家具や 少し値段の高いものにすれば便利がいいのに値段だけでモノを買うという感覚だったので常に不満な気持ちで生活を過ごしていたような気がします。

結婚生活 (分譲マンション)

それまで倹約家のつもりでいた私ですが それは単純に

相当な抑圧で買いたいものを抑えていただけだったようです。

家という大きな買い物をすることで お金を出すことの抵抗感がなくなってしまったようで、

物欲が一気にあふれ出して 気が狂ったようなものを買うようになりました。

物がそんなにない状態でも 部屋が片付かなかったので

物が増えた状態の住居は 見るも無残・・・というほどではなかったのです

さすがに綺麗で新しい分譲マンションということもあり、綺麗にしたいという気持ちはこの頃は湧いてくるようにはなってました。

収納もわりと十分にあったし 間に合わせの家具 よりは少しだけ統一感のある家具を買うようにして 理想の家に近づけたい気持ちも強かったので

今までの汚部屋のようではありません。

少なくとも 玄関 廊下 リビングは そこそこに片付いてました。(人を呼ぶには多少片付けたりする必要はありましたが)

でも 子供部屋など各部屋は恐ろしいことになってました

いわゆる 開かずの間 です

憧れの綺麗で設備も整った家に住むことで 意識は変わった

でも物欲が湧いてモノは一気に増えた

この状態が何年も続きました

意識と心が変わって部屋も変わった

それまでは 整理整頓術みたいな本で片づけをしてきて

何とかそれなりには片付くようにはなったけど 物が沢山ありすぎて

片付けても片付けても何度も散らかってしまうということを繰り返して疲れ切ってたところに見つけた情報が 断捨離ミニマリズム シンプル生活という言葉です。

ADHDの人が片付けられないというのは既にこの頃は知っていたので

どうせ片付けるのは無理 という感じで思ってましたが

モノを捨てるという発想がなかった私が もしかすると いけるかもと思わせてくれたきっかともなりました。

その後 何年もかけて 実践して

現在は 見事なぐらいにモノがなくなり

すっきりシンプル生活を送ることが出来るようになりました。

 

最後にまとめ 現在の様子

現在の私の住環境は このマンションは一応ベースではありますが、

住まいの拠点は 4つという また意味不明な環境となってます

 

いずれの拠点も 物はほとんどなく スッキリとしてます

まだまだ課題は多くて けして理想通りの状態ではなくて

まだ頭の中の整理もしきれてないというのも事実。

何せ、好奇心旺盛という気質はそのままですし 4つの拠点を好きなようにいじれるという嬉しいやら悲しいやら また頭がパニックになりそうな状況ですし・・・。

でも もう 

モノで溢れかえって散らかった状態にするつもりはありません

絶対に無理だと思ってた 綺麗で片付いた部屋で暮らすことが 出来るようになったのは

年齢を重ねてきたことと 断捨離や心の改善などをしてきたから

部屋がどうしても片付かずに悩んでる方に少しでも励みになればと

 

それでも油断すればまたモノが増えたり散らかったりするので しっかりと今の状態をkeepできるような環境 生活スタイルにしてます。

以上 私の汚部屋歴と現在の様子でした